日本人がジャズを歌う意味

日本で、日本人が、日本人に向けて、英語でジャズスタンダードを歌うことに一体どれほどの意味があるのだろうか。というのをよく考えます。この場合、歌う側と聴く側、そのどちらも満足にその言語を理解していない場合が多くあると思う。ダイレクトに伝わらない言葉は、どこへ向かっていくのだろう。

ということを考えていたのですが、今日もよくまとまらなかったから書くのを諦めました…

(今回これを考え始めた発端は、先日Youtubeで聴いた弘田三枝子さんのジャズボーカルがめちゃくちゃよかったからです。圧倒的な歌唱力と英語の巧さ、加えてジャズボーカルのインプットの多さ、楽曲へのリスペクトが歌からにじみ出ている。聴いたのはこのMy one and only oneです。すごいなー。コメント欄によるとこれは1978年、彼女が31歳のころにNYで録ったものようです。彼女は16歳で『弘田三枝子スタンダードを歌う』というレコードを出しているのだけど、フレッシュで荒削りで独特の日本的な節回しがまだあって(それでももちろんむちゃくちゃうまいんだけど)たまらないです)

歌はうまければうまいほど良いと当たり前に思うのだけど、ことジャズボーカルの話になるとそれだけでは納得できない自分がいて、こうしてややこしい思考を巡らせては結論が出ずにうなりながら眠る、というのをここ何年も繰り返しています。寝よう